北朝鮮で史上初のロックコンサート、祖国解放記念日にライバッハが招待

北朝鮮の内情は未だに詳しく公開されておらず、海外との交流に対しても非常に閉鎖的です。そのため、もちろん海外の音楽や各種メディアが北朝鮮国内に流入しないよう、厳しく取り締まっています。

そんな謎の多い北朝鮮ですが、実は欧米のロックバンド、ライバッハが招かれコンサートを開催したという事実があるのです。

祖国解放記念日にコンサートを開催

2015年8月、北朝鮮では、日本の植民地支配からの解放を祝う「祖国解放記念日」の70周年を記念した、大々的なイベントが開催されました。そして、そのイベントの一環として海外からのロックバンドを招待することとなったのです。

そこで選ばれたのが、スロベニア出身のカルトなバンド「ライバッハ」だったのです。

ライバッハとは何者?

ライバッハとは、1980年に結成されたロックバンド。結成初期のころはインダストリアル・ミュージックライが中心でしたが、90年代になるとエレクトロニック・ミュージックの要素も加えられ、徐々にスタイルが変化していきます。

ライバッハとは、日本はもちろんのこと、欧米でのそこまで知名度は高くありません。むしろ、ファシズムを崇拝しているバンドとして、ヨーロッパでは危険視されている存在ですらあります。

メンバーの全員がナチスを連想させる衣装をまとい、彼らの音楽スタイルは軍隊をほうふつとさせます。本人たちはファシズムに対する単なるパロディーであると主張していますが、右翼、左翼の批判の対象になったり、政府の監視下に置かれたりした過去などもあります。

コンサートはどうだったの?

ライバッハが北朝鮮に到着してからは、人手や機材不足、ボーカルが行方不明になるなど数々のトラブルが発生しました。そのため、コンサート開催ぎりぎりまでは、緊張感が漂っていたとされています。

しかし、そんな中でもライバッハは平壌の音楽学校の女生徒たち交流をし伝統的な朝鮮民謡「アリアン」を歌うなど、ライバッハと北朝鮮国民の交流もありました。

コンサート会場となったのは、1500人を収容できるポンファ・アーツ・シアター。約45分間のコンサートでは、朝鮮民謡やミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のカバー曲などが披露され、観客には地域住民をはじめ、外交官、観光客、政治家などがいたとされています。

平壌の国営通信社はこのコンサートに対して「出演者たちは、独特で深みのある歌声と優れた演奏で芸術性の高さを披露していた」とコメントしており、コンサートは成功に終わったのです。

コンサート後の変化は?

ライバッハが北朝鮮でコンサートを開催したときの様子は、ドキュメンタリー映画化され、”北朝鮮をロックした日 ライバッハ・デイ”というタイトルで公開されました。この映画では、ライバッハが北朝鮮に到着してからコンサートを終えるまでの苦労やトラブルが、すべて収録されています。

また、ライバッハは北朝鮮でのライブパフォーマンスを元にしたアルバム、サウンド・オブ・ミュージックを発表しています。